Analog
おばんです。
世間はアナログ的な連続エラー曖昧世界を一旦離れて再度アナログに向かおうとしています。iPhoneとかあんなのをゴシゴシいじっていると、今はその折り返し地点なのかな、と思うときがあります。
例えば、iPadなんかに代表されるタッチパネルとそれを支えるソフトウェアの造り込み。あれは入力の情報量を極限まで増やしておいて、人間的な曖昧さ、エラーをきちんと加味した結果「指に貼り付くような」挙動になってるのかなと思います。よく、アナログレコードはCDやPCDJよりも音が良いと言われてますが、レコード針の曖昧さ、エラーが人間の耳にマッチしているのかもね。だから、人間が聴く分にはアナログの音が良いのかも。スペクトラムアナライザーのマイクにとってはCDやPCDJが良い音だとしても。。。そんな空想をしています。
仕事の管理、監督手法にも話を広げます。良く分かりませんが、「何とか管理システム」というのもかなり一般的になってきて、個人企業でもクラウド経由で色々なシステムを業務利用出来ます。それらは、言ってみればExcelの枠に数字や情報をハメ込んでいって、あとから検索したり出力したりするための道具で、あとは「てにをは」が違うだけです。もう、大中小企業なんかみんなこぞってこれを導入するのですが、これをどんどんどんどん推し進めると、人間の働きかたというのは、大なり小なり「業務マニュアルに則った」仕事になります。管理監督達成おめでとうございます。
しかし、もしこのExcelの縦横の「枠」が情報量を極限まで増やし、人間様に寄り添い、曖昧さやエラーを包むようにねじ曲がってきたなら、人間の大きな能力の一つである曖昧さやエラーもきちんと生かすことが出来、人間の仕事はより人間的になるのかも知れません。その辺の実現技術として、マハラノビス・タグチシステムの中にある「パターン認識」というのがあるなと、僕はずっと思っていますが、これもなかなか難しくて一発で理解するには至りません。勉強の継続はしていますが。この辺の学問は、突き詰めると宗教的です。昔は科学と宗教は渾然一体だったそうですが、今も全然変わらないかも。
毎日の生活、足元に目を転じれば、人間のエラーや曖昧さを認め、汲み上げて仕事をする、というのがとても重要なことである気がしてなりません。だって働くのも生活するのも人間なんだから。良くも悪くも適当に緩くやるってこと。あれ、なんだそれって毎日やってることでしょ?
つづく
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