約30年間をサンプラーと過ごす

サンプラーという『楽器』があるんだという事を認識して、もう結構な年月が経つ。ヒップホップが、ハイハットがチキチキいう前の90年代のヒップホップのドラムの、あの、ザラついたスネア、座布団を叩いたような埃っぽいキック、あの音が手持ちのYAMAHA QY10と借り物のカセットMTRでどうしても出ない。そういう所から全て始まった。Sound&Recordingの雑誌を読んで、ヒップホップの人たちはサンプラーを使ってレコードのドラムブレイクを抜き出したものをドラムキットとして使っているという情報を得たものの、1990年代の高校生にEmu SP-1200やAKAI S1000はあまりにも高すぎた。

QY-10とカセットMTRの日々が暫く続き、AKAI S01が出た時はその価格に誰もが驚き、私もそれを運よく手に入れる事が出来た。それでも10万円はしたので、当時にしてみれば簡単ではない買い物だった。現代ならば10万円あれば曲作り、録音からマスタリングまでできてしまう。AKAI S01は、8つのボタンに録音した音を、即、MIDI信号で音階付きで再生できた。QY-10のシーケンスで鳴らすのが楽しかった。メモリも2MBくらいしか無くて、すぐにサンプラーが一杯になってしまう。そこで、一旦サンプリングした素材を、ピッチ+12にしてMTRへ、それを再度サンプラーに録音し、ピッチを下げて再生させる・・・あれ?これって例のスキーム?音の方は、もんやりしているというか、高音が少なくマイルドな感じだった。

そんなAKAI S01と浪人時代と大学2年間くらいを過ごした後で、その容量の少なさに対する不満が爆発して、Roland S760を街の中古屋で手に入れる。こいつは、なんと家用のTVとマウスを本体に繋いでいろいろコントロールできる奴だった。音は今にして思えば相当なLo-Fiだった気がするが、TVを繋いだせいでずっとハムノイズが鳴ってる。加えて操作がやたら難しくて楽器と言うよりはほとんどマイコンのような感じで2年くらいしか使わなかった。

そして、大学を卒業するかしないかくらいの時に、ついにあのAKAI MPC2000を入手する時が来た。16個のボタン、サンプルにADSRのエンベローブ、フィルター、ZIPディスクへの大容量高速保存。私はこれを池袋のパルコの近くの楽器屋で購入して、その大きな箱を自宅までチャリで運んだ。その当時は私はStrictryやTribal等のハード・ハウスミュージックやテクノに傾倒しており、ヒップホップのあのブーンバップなリズムよりも、TR-909や808風のキックをよりカッコよく鳴らす事に夢中だったから、ヒップホップの人がやったようなチョップ&フリップ的な使い方では全く無かった。MPC2000は、仕事に就き札幌に移り住んだ時も持って行ったし、そこで音楽をロクにせずスノーボードに夢中だった頃も付かず離れず5年くらいは使ったと思う。丁寧に扱ったので傷も無く、シールも貼らないので、買った時のまま真っ白だった。しかし、多くの若者が中年に移行する際に経験するように、私も自分の家族を持ち、仕事の悩みに傾倒するようになり、心理的にも物理的にもMPCを置く場所の余裕がなくなり、とうとう親戚に譲ってしまった。

この時期は、 数か月分の安い給与の中からPowerbookG3とDigigram社のVX PocketというPCIサウンドカードを手に入れ、Digital Performerを楽器屋のあんちゃんから譲ってもらいDAWレコーダーとして使っていたと思う。MPC2000とSC8850やアナログシンセの音源を鳴らしたものを、安く買ったFostexのハードディスクミキサーにまとめてからそのPowerbookG3に録音していた。しばらくして、Reasonが出ると、これをPowerbookに入れて、Recycle!で処理したサンプルを読み込んで、ほとんどサンプラーとして使っていた。

そして、2000年代中盤に入り、ついに手元にサンプラーが無い時代が来た。近所のPCショップで部品を買い集め自分で組み立てたWindowsの自作PCに、中古のAudiophileのPCIサウンドカードをぶち込んだものに、Cubaseを入れた。PCの出力先はDJミキサー。以上。それが当時最も生活に合った、場所を取らないセットアップだった。その頃、渋谷系風の幾つかのコンピレーションCDのリリースを業務的に手伝ったり、リミックスのコンテストに片っ端から応募したり、生活の隙間時間を使って、限られた時間で、一定以上の品質の音楽を作るにはDAWは非常に便利だった。

2010年代は、自分の音楽を作って人前で披露しようと思い、hi-channel!氏とStrawberry Machine氏を誘ってmicrotoneを始めた。その頃Hifanaが人気で、人前に出たなら何か演奏せなあかんと思い、KORG Pad Kontrolを買ってMacbookに入れたAbleton Liveのドラムサンプラーを演奏した。パソコンはMacboocに移行し、Ableton LiveとPUSHが便利なサンプラーになった。時々MPC1000の中古を売買したが不便過ぎて長続きしなかった。もうこれがあれば何もいらないなと思った。

DAWの良さは、まさに納期が迫る中で効率的に楽曲をアウトプットできるところが大きく、楽器演奏としての楽しみは少ない。その点Ableton Liveはよく健闘していると思う。PUSHを使って演奏も出来るし、何よりサンプルの長さとピッチは無限大に触れるので何でもできる。それでもhi-channel!氏がRoland MC-303やYAMAHAQY-70を演奏しているのを見ると、『ハードウェアも良いなあー』となる。

2010年代の終わりの方で、Teenage Engeneering OP-1、PO-33という製品を手に入れた。白いアルミニウム筐体のOP-1はサンプラーと言うよりは、microtoneのライブなどで持ち運べるシンセとして弾いたり、家でMIDI鍵盤として使用したり、勿体ない使い方をしていたが、ある日突然電源が付かなくなる。正月に出した修理が、何度も督促してようやくGWに帰ってきたというサポートのお粗末さに腹が立ち、出来上がった修理品を封も開けずに手放した。電卓のような見た目のPO-33は実に面白い楽器だったが、LEDが1カ所付かなくなってハードオフに持っていくとまさかの0円。ということで部屋に置いてある。Teenage Engeneeringは品質管理の成熟度が、製品の人気に追いついていないという印象を受けた。

2020年代はパンデミックの時代。その少し前に、Roland SP-404SXを手に入れた。これは、個人的にとても馴染みのある製品で、自分が使う時が来る事は想像しなかった。サンプルを使いやすく、すぐにエフェクトの結果が出て、楽しい楽器だった。Lo-Fiヒップホップというジャンルの人たちがSP-404を使ってDJをしているのをみて、こりゃ便利だわと思った。microtoneのライブでも早速導入した。こりゃ便利だわとまた思った。2020年の年末にSP-404MK2が出たのですぐに買い求めた。こちらは進化版で、サンプル波形も見れるしディケイも調整できるのでこの中でかなり作り込みが出来る。携帯用のMIDI/USBオーディオインターフェース兼サンプラーとして、出張用のスーツケースに入る事と思う。

SP-1200のクローンソフトウェア、eSPiがこのパソコンにも入っている。音はいわゆるSP-1200のそのものなのだが、低域は出力のオーディオIFにかなり依存するだろう。シーケンサーもタイトに動くような気がする。最初は動作がやや安定しなかったので、エフェクターとして使った。手元にパソコンしかない時に、SPのこの不便な制作プロセスを楽しみたいという時には重宝するだろう。そして、当たり前だと思うが、後述するISLA S2400との操作性の共通点が多い。

Elektronというスウェーデンのメーカーは、CがKになるところが北欧っぽいなと思う。
2020年に新しいMPCのシリーズが次々と出たのを横目に、model:samplesとDigitaktを立て続けに購入し、model:samplesは手放した。どちらも低音がくっきりシャープで、びっくりする。リバーブの質が良くてついつい掛け過ぎてしまう。パラメーターロックを使うとノート毎の僅かな差異を全てのステップに加えられるのが素晴らしい。いわゆるロービットの音色が要らないのであれば、使いやすさと音質は最強のドラムマシンかもしれない。これもUSBオーディオとしても使える。Elektronは、Octatrackというサンプラーも有るが、横フェーダーも付いていて明らかに楽しそうで大変危険。Digitaktは一度ボタンが効かなくなって修理に出したが、あっという間に修理をしてもらい、手元に帰ってきた。その辺りはTeenageよりも品質が成熟した『大人』の企業なんだなと感じた。

2022年に入って、SP-1200がたまらなく欲しくなり、代わりにISLA Instruments S2400を買った。サイズも価格もさすがに大きな買い物だったが、音質はこれまでのサンプラーに比べて最も太く、最強で、荒い。24khz12bitでサンプリングすると、あの音になる。音のボトムの太さはオーディオ周りのD/A回路が相当しっかりしているからだろう。そして、モノラルで、単純で、ちょっと訳わからないところもあって、作りが頑固で、楽器としてとても楽しい。サンプラーと言うよりもドラムのマシンだ。中身は空っぽだけど・・・。本当にこういう感覚は久しぶりだ。結局ハードウェアのサンプラーに戻ってきた。音楽をやっている以上、音の良い、演奏して楽しい楽器を触っていたいわけで、このサンプラーはその点で見事に楽器だった。S2400も、USBオーディオとして使える上に、8in8outの仕様なので、Ableton Liveに複数トラックを一度に流し込むことができる点も便利だ。

そんなサンプラーの旅。録音してボタンを押して再生するだけなのに、実にサンプラーは楽しい。今後も旅は続くのだろうか、、、SP-1200の復刻版もプリオーダーで今年の秋の分を今予約受付しているようだ。大変危険です。